第1章

66/91
前へ
/614ページ
次へ
「いやいや。これはある種の作品なので。アートなので。だから料理は楽しいんですよ」 当然顔のグレゴールは、ひとり席につく。自作の出来映えにいたく満足しているようで、表情は明るく笑顔に満ちていた。歓喜に小さく、震える2メートル超の体躯。 劉は向けた背を返さず、扉の方へ進んでいく。グレゴールはそれを意にも介さないで、礼式に乗っ取った祈りを済ませ食事を始めている。 作法は成っているらしい。雑音はなく、進行は至って静かだ。が正直、いま背中に広がっている光景を、劉は正視したいと思わない。 「…………変態殺人鬼め」 ぼそり、口の中だけで呟く言葉。劉は悩ましげに両目を閉じ、同時に押し開いた扉の向こうへ姿を消した。 グレゴールは、薄く色の落ちたスープを口に含む。何かに納得するよう二、三回首肯して、そっと一言。 「うん、うん♪ 親子のブイヨンというのも、なかなか乙だね」 その瞬間、後ろの大鍋がカリカリと音を立てた。中から。熱による筋萎縮で、骨が変な方向に折れたためだと、グレゴールは知っている。 事実、音は直ぐに止まっていた。
/614ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加