第二章  凶行

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 そんなある日の事だった。  彼女を見舞った帰り。警備保障会社を経営している従兄と酒を飲みながら、自分の苦悩を話していた。  「どうして河村君が狙われたのか分からないんだ。可哀相で見ていられないよ」  水割りのグラスを片手に呟いた。従兄の藤堂高彬が慰めの言葉をかける。  「それで、今の彼女の具合はどうなんだ。僕で出来る事があれば何でも言ってくれ。何時も環を見張って貰っているんだから、お返しにどんな事でも手伝うよ」  高彬が言っているのは、勿論、彼の別れた妻の事だ。  三年前から、二宮環は従弟の部下だ。  五年程前から平瀬検事は地検の副部長を務めている。たまたまだが、従兄弟の別れた妻・二宮環の上司になったのだ。  離婚後も環を見張らせている高彬は、環が従弟の部下になるなり広瀬検事を呼び出して釘を刺すことを忘れなかった。  「僕の環には手も脚も出さないで貰いたいね。別れても僕の中では、彼女は今も僕の妻だ」  平瀬は心の中でいつも思っていたことを、その夜は酒のせいでつい口にした。  「お前もしつこい男だな。そんな事なら離婚しなければ良かったんだ」  釘を刺されるまで、広瀬は十分にその気だった。   彼女が部下として挨拶に来た時、その美しさに思わず見惚れた。  美貌の女はそれ程珍しくないが、彼女には鋭い洞察力と知性、そして暖かい思いやりの心がある。 離婚以来五年目にして初めて、<再婚を考えて見てもいいかな>、なんて思える女に回り逢った。交際を申し込もうと考えていた矢先だった。  まさかそれが、恐るべき従兄の高彬が今も思い続けている別れた妻だとは知らなかったのだ。  至極残念な事だった。  この二歳年上の従兄は、昔から執念深い。  嫉妬深く独占欲に塗れたこの男が、妻に逃げられてからもずっと、彼女を見張っている事を知っている。  嫉妬に苦しみながらも、目が離せないらしい。ストーカーの一歩手前だ。  高彬とはお互いに寂しいバツイチ同士だから、時々こうして一緒に酒を飲む。  それはともかくとして、今回の事件では河村光子を襲った犯人の目星さえ付いて居ないのが現状だった。  「婚約した事を、あんなに幸せ一杯で報告してくれたのに。なんて言って慰めたら良いのか分からないよ。この凶行が続かない事を祈ってはいるが、何だか不吉な予感がするんだ」  地検の関係者は、皆そう思っていた。
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