第三章  藤堂高彬

2/8
114人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 高彬が環を始めて見たのはずっと昔。彼が二十二歳の若造だった頃だ。  それは大学四年生の秋。  初めて惚れて入れあげた女に振られて落ち込んでいた彼は、急用が出来て友人のパーティに出席出来なくなった父に頼まれ、パーティーが開かれている父親のかわりに、その友人宅にワインを届けに行った。  温厚で気の良い父の友人・二宮弁護士に引き止められ、パーティに加わったものの。失恋の痛みに苦しんでいた僕は一人になりたかった。秋の星空でも見ようとテラスに逃げて出て、其処で望遠鏡で星を見ていた幼い環に初めて会ったのだ。 「何を見ているの」、とりあえずお愛想を口にする。 「気もないのに、何でそんなことを聞くの。あッ、そうか。何か一人で居たい事でもあって、私が邪魔なのね」  少女が大人びた口調で、僕に生意気な事を言うから驚いた。薄暗がりで顔はよく見えないが、まだ幼いという事ぐらいは分かる。  なんて可愛げのない子供なんだ。 「貴方、名前は」、生意気な口調で聞いて来るから、僕も言ってやった。 「人に名前を尋ねる時は、先に自分の名前を名乗るものだ」、少女は少し首を傾げて僕を見ていたが、頷いて答えた。 「なかなか筋の通った事を言うのね。初めまして、私は環。この家の娘よ」  仕方なく、僕も名乗ってやった。  僕の手を取って、望遠鏡の近くまで連れて行った。 「この世の真実の光を探していたのよ」 「でも何にも見えないわ」、とっても不満そうに言うから、僕は笑ってしまった。  それから一時間程、少女と楽しく星を観て過ごした。  気が付いたら振られた痛みなんか忘れていた。生意気な少女に惚れた。 「君、何歳なの?」、僕は思わず聞いた。  後から彼女の父親に七歳だと教えられた。まさかのロリコン!衝撃だった。  忘れよう。何かの気の迷いだと自分に言い聞かせて。  忘れたと思っていた。  その次に、僕が環に会ったのはTD警備保障の創立記念パーティの席だった。あの当時、既に三十歳になっていた僕は、派手な女遊びで知られていた。母が顏を顰める様な生活を送っていたものだ。  顔見知りの二宮弁護士が光り輝く様な美少女を連れて、会場に入って来るのを目にした。噂では、二宮夫妻は別居中だと聞いている。  少女が僕を見て微笑みながら近づいて来るから、誰だと思って見つめた。 「今日はお招き有難う。高彬さん」  可愛い優しい声で挨拶して僕を見たが、僕は思い出せなかった。  突然、怒った声で問いかけて来る。 「私の事を覚えていないのね。星座の中に真実の光を一緒に探した環よ」、きつい目で僕を睨み付けるから、驚いてしまった。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!