第一章  氷の女

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 生命力が溢れる鮮やかな初夏。  その緑萌える命の詩が、十年の長い時を越えて、私を昔に引き戻したのかも知れない。  懐かしくて愛しい。そして忘れてしまおうと誓った男。  私が十年振りに再会したのは、そう言う男だった。  離婚して以来一度も逢った事が無かった、元夫の藤堂高彬。その彼と一緒に過ごす事になってしまったのは、彼の新しい事業のせいだった。  もうすぐ四十八歳になるこの男の事業欲は未だに健在。  別れた頃と違うのは、年間に関係した女の数くらいのものだろう。  全く・・!女の噂が絶えないこの男の私生活には、呆れて何も言えない。  別れた理由は色々あるが、直接の原因は彼が伊豆に持っていた別荘での出来事だろうか。  私と高彬が結婚生活の最初の一週間を過ごした、思い出深いあのベッドの上での出来事だった。彼の数多い愛人の中で、当時最も有名だったあの女優と楽しんでいる最中に、私が踏み込んでしまったのが事の起こり。  彼とあの女がベッドの上で絡み合っている映像が、つよく網膜にプリントされた。  時々、思いもかけない時に浮かび上がって来て・・・本当に困ってしまう。  もちろん離婚してからの私が、男と全く寝なかったとは言わない。  健康な身体と自由の身の上が許す程度には恋もしたし、言い寄られもした。気が向けばベッドも共にした。  でも、何時も最後はそうなる、と決まっている。指輪を渡されて、「一生ずっと一緒に生きて欲しい」、などと言われようものなら、必ずあの映像がフラッシュバックするのだ。  愛でも恋でも無く始まった結婚の終わりがこんなに傷を残すのなら、思いあって結婚してからあんな事になったら、きっと死んでしまう。  そして何時もそこで、全てが終わる。  私が東京地検の中でいただく渾名は知っているが、こればかりは訂正しようも無いから黙って受け入れる。  私の名前は、二宮環。  今年で、三十三歳になった。  二宮環検事と呼ばれている私に、同僚から捧げられた嬉しくない渾名。  それは、“氷の女”  淋しい渾名だとは想うが、否定出来ないから尚更・・哀しい。
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