第一章  氷の女

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 高彬と結婚したのは、十八歳の時だった。  何も知らない無垢な乙女。 生まれた時からの許婚だった。  家同士の利害の上での結婚。  愛でも恋でも無い結婚生活を始めるには、両家にも高彬にとっても、十八歳の何にも知らない娘は都合が良かったのだろう。  三月生まれの私は結婚した時、既に大学の法学部に在籍していた。  父が弁護士だったせいかもしれないが、小学生の頃から検事になると決めていた。  人は笑うかも知れないが、テレビドラマの“女検事・霞夕子”に憧れて将来を決めた。  真実を求めて戦う強い女に成りたいと、幼いながらも心に決めていた。  自分の夢に、少女ながらも胸を熱くしたものだ。  しかし実家の両親も高彬も、私が弁護士を目指していると勝手に思い込んでいた様で、将来の夢を語って夫と喧嘩になった。  拙い事に、三回目の結婚記念日のベッドの中での事だったから、高彬の怒りは本当に凄かった。  今でもあの時の会話は、覚えている。  愛の後で、優しく髪を撫でながら聞いた彼。  「そろそろ僕達も、子供を持っても良い頃だと思うのだけど・・環はどうなの」  まだ二十一歳の純真で初心な私は、真っ赤になったものだ。  子供が身体に宿るという事は、高彬とそれなりに身体を重ねる訳で。恥ずかしくて言葉になんて出来なかった。  黙っている私を、高彬は同意と受け取った。  「君が弁護士になりたがってるのは知ってるけど、僕の為に少し先に延ばしてくれないか」  彼がまた唇を重ねて熱くなってきた所で、男の整理をよく理解して居なかった愚かな私が、思わず口にしたひと言。  「待って、私が為りたいのは弁護士じゃ無いわ。検事に為りたいの」  今から思えばとっても気の毒な事をしたと思う。熱くなって抱こうとしている男に、冷水を浴びせるような真似をしてしまったのだから。  当然の事。怒りに燃えた高彬が、私をベッドに押さえつけた。私達の口論が始まる。  三十三歳なった今の私にして見たら、とても滑稽な絵柄に見える。  男と女が裸で、ベッドの上で言い争っているのだ。  それも、女の将来の夢の事で。  でもあの時は真剣だった。  まだ司法試験さえ受けても居なかったのだから、結構笑える話だ。  やはりまだ、子供だったのだと思う。
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