113人が本棚に入れています
本棚に追加
高彬と結婚したのは、十八歳の時だった。
何も知らない無垢な乙女。 生まれた時からの許婚だった。
家同士の利害の上での結婚。
愛でも恋でも無い結婚生活を始めるには、両家にも高彬にとっても、十八歳の何にも知らない娘は都合が良かったのだろう。
三月生まれの私は結婚した時、既に大学の法学部に在籍していた。
父が弁護士だったせいかもしれないが、小学生の頃から検事になると決めていた。
人は笑うかも知れないが、テレビドラマの“女検事・霞夕子”に憧れて将来を決めた。
真実を求めて戦う強い女に成りたいと、幼いながらも心に決めていた。
自分の夢に、少女ながらも胸を熱くしたものだ。
しかし実家の両親も高彬も、私が弁護士を目指していると勝手に思い込んでいた様で、将来の夢を語って夫と喧嘩になった。
拙い事に、三回目の結婚記念日のベッドの中での事だったから、高彬の怒りは本当に凄かった。
今でもあの時の会話は、覚えている。
愛の後で、優しく髪を撫でながら聞いた彼。
「そろそろ僕達も、子供を持っても良い頃だと思うのだけど・・環はどうなの」
まだ二十一歳の純真で初心な私は、真っ赤になったものだ。
子供が身体に宿るという事は、高彬とそれなりに身体を重ねる訳で。恥ずかしくて言葉になんて出来なかった。
黙っている私を、高彬は同意と受け取った。
「君が弁護士になりたがってるのは知ってるけど、僕の為に少し先に延ばしてくれないか」
彼がまた唇を重ねて熱くなってきた所で、男の整理をよく理解して居なかった愚かな私が、思わず口にしたひと言。
「待って、私が為りたいのは弁護士じゃ無いわ。検事に為りたいの」
今から思えばとっても気の毒な事をしたと思う。熱くなって抱こうとしている男に、冷水を浴びせるような真似をしてしまったのだから。
当然の事。怒りに燃えた高彬が、私をベッドに押さえつけた。私達の口論が始まる。
三十三歳なった今の私にして見たら、とても滑稽な絵柄に見える。
男と女が裸で、ベッドの上で言い争っているのだ。
それも、女の将来の夢の事で。
でもあの時は真剣だった。
まだ司法試験さえ受けても居なかったのだから、結構笑える話だ。
やはりまだ、子供だったのだと思う。
最初のコメントを投稿しよう!