第一章  氷の女

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 でも本当に怒らせたのは、翌年の結婚記念日だった。  大学院に進学した私は、将来の夢に真剣だった。  司法試験の合格を目指していた私に、高彬が言い渡したのだ。  「僕の従弟も検事をしているから色々と聞いている。君は僕の妻だ。結婚生活をもっと真剣に考えてくれ」  とても苛立っていたらしく、可成り険悪な口調だった。  「君が検事になれたとして。僕は、いつ君を抱いて子供を作るんだ」  そこで、言ってはならない事を言ってしまった馬鹿な私。  「私は子供を作るための道具じゃ無いし、貴方の欲望を満たす為のお人形さんじゃないわ」  これが決定的だった。  この直後から、高彬の女遊びは再発した。  結婚前の彼は、派手な女遊びで有名だった。  人から聞いていたけれど、それでもこの記念日までは静かだったのに。  これまでも女遊びはあったのかも知れないけど、「私の耳に入って来る程に表立っては、何も無かった」、と思う。  高彬に放置される様になって、寂しかったし辛かった。  彼に恋している自分にやっと気付いて、哀しくて、泣いた私。  涙もろくなって・・・本気で高彬に抱いて欲しいと思った。  あの別荘での事が起こる四か月程前だ。夜遅くに疲れた様子で、酔って帰って来た高彬をベッドに連れて行って、眠るまでマッサージをした。もちろん下心があったのだ。  すっかり眠りこけている彼を裸にして、私も全てを脱ぎ捨てた。彼に寄り添って一緒に裸で寝たわたし。  子供だった私の、必死の可愛い作戦。  今から考えれば、三十七歳にもなっていた高彬が、そんな事で騙される筈が無い。  翌朝の彼の愛の行為は、何もかも承知の上での事だったのだろう。  でも嬉しかった。  夢中で愛した。  そして、「夢は捨てても良いとまで思い詰めて」・・本当に可愛かった私・・  それからの一ヶ月は、ずっと彼に抱かれて眠った。  私は幸せだったから、つい自分に起きている身体の変化を見逃してしまった。  今でも後悔する事があるとしたら、あの時の自分の幼さだろうか。  一カ月ほどした、ある夜の事だった。  「進路をはっきり決めて欲しい」  高彬に迫られて、その場でハッキリと答えられなかった私。  少しはまだ、夢に迷いがあったのだ。  「もういい!」  「君は自分の望みを叶えればいいだろう。僕は二度とは、君に歩み寄ったりはしない。勝手にすればいいさ」  その夜、邸を出て行って戻っては来なかった彼。
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