第一章  氷の女

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 結婚前に使っていたマンションに移ってからは、自由に生き始めた高彬。  数多くの女達との噂が流れる中で、妊娠している事に気付いた私がいた。  どんな事になっても、産むと決めていた。  高彬の事は気になったけど、悪阻が酷くて気力が霧散した。邸の中で家政婦のマサヨさんに助けられて、やっと生きていた。  何とか少しは治まって、「高彬に話さなければいけない」と。そう思っていた。  彼があの思い出の伊豆の別荘に行ったと聞いたのは、そんな時だった。  お腹の赤ちゃんのことを話すなら、あそこしかない。  「今までのわがままを、素直に謝ろう」  マサヨさんが止めるのも聞かずに、高彬に逢いに行った。幼くて馬鹿で・・可愛かった私。  まさか思い出のベッドの上で、かれが他の女を抱いているなんて。思ってもみなかった。  無理の効かない身体だったから、熱海で一泊さえして・・高彬に正直に話そうと一生懸命だった愚かなわたし。  そして、見てしまった。  言葉も無く、ただ見ていた。私に気付いたのは・・女の方だった。  彼の身体の下で、息を呑んで。動きを止めた。  それに気付いて、身体を女の上から起こして・・女の見ている私を見た彼・・悪びれた様子も無く、真っ直ぐに私を見た。何でもない様な、高彬のその視線。  飛び出してきた部屋の中で、何か言っている女の声とそれに答えているらしい彼の声から逃げるように、階段を駆け下りた。 最後の五段を転がり落ちて、腹部を打ったのをぼんやりと覚えている。  でも心の痛みが大き過ぎて、身体が受けた痛みに気付かなかった。  車に飛び乗ると、逃げるようにアクセルを踏んで車を走らせた。  随分と走ってから、お腹の痛みに耐えられなくなって・・ガソリンスタンドに車を乗り入れた処までしか覚えていない。  気が付いたら病院のベッドの上で、全ては終わっていた。  高彬にも、実家の両親にも知らせなかった。  退院する日。車を捨てて、タクシーで邸に一人で帰った私。  そして高彬と私を繋ぐ絆が全て消え果てて・・何も無くなった。  哀しいのか、解き放たれたのか。全てを諦めた平安の中で訪れた離婚の果てに、今の私がある。  【氷の女】・・それが、今の私・・!
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