第二章  凶行

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 婚約して一カ月。両親と彼女だけの、寂しい三人暮らしの人生が変った。  三十歳の誕生日が過ぎて、二か月目の事だ。いきなりの幼馴染みのプロポーズに、彼女も驚き戸惑ったが、やがて嬉しさが溢れでた。  彼への想いに、つい頬が緩む。  急ぎ足で歩道を歩いていた。朝から雨が降っていた為に、車道には水溜りが出来ている。車が飛ばす泥撥ねに、スカートの汚れが気になって仕方がない。  明るい色のスカートは下ろしたてだ。折から雨脚が激しくなり、スカートが雨に濡れて脚に絡みつく。  歩道を行きかう人もまばらで、向い側から若い男が黒い傘をさして小走りに近づいて来る。仕方なく車道側に少し寄って道を開けた。  後ろから走ってきた白いワゴンが、速度を落として横に止まる。スライドドアが開いて男の手が伸びた。  さっき目にした若い男が走り寄って来て、黒い傘でワゴンのドアと光子を人目から隠した。悲鳴は厚ぼったい男の手で塞がれた。  やがて、何事もなく走り去る白いワゴン。  黒い傘を元通りにさして、若い男が歩き去っていく。後には、光子の挿していたレモン色の傘が残されていた。  そこにはもう、光子の姿は無かった。  その頃。車に引き摺り込まれた光子は、見知らぬ二人の男達によって両手両足を縛られ猿轡をされて、何処かへ連れ去られ様としている。訳が分からず、怯えが身体を突き抜けた。  男達はタイガーのマスクをしていた。マスクの穴から目だけがギラギラ光っているのが不気味だ。  ワゴン車の中で、胸や脚をいやらしく撫でまわされて、殆ど失神状態の光子に、今度は卑猥な言葉が浴びせかけられる。全てがこれから起ころうとしている凶事を暗示していた。  翌朝、公園の中をジョギングしていた年配女性が、木立の幹に縛り付けられている裸の河村光子を発見した。  あのアニメ動画の予告通りの姿で発見されたのだ。  性的暴行を受けていた。通報を受けた所轄署が捜査に入ったが、河村光子は事情聴取もままならない精神状態だった。  事件から二ヵ月近く経った今でも、まだ入院中だ。  小柄で可愛い顔立ちの気の良い女性事務官に加えられた暴行は、広瀬検事に深い衝撃を与えた。仕事の都合上、取り合えす二宮環検事付きの事務官を借りてはいるが、河村光子の復帰は困難が予想される状況だ。  悔しさに、きつく唇を咬んだ。
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