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「ハル、」
寝ているはずなのに、あの人の声がした。
大きな身体をむくりと起こし、茫然としたような困惑したような顔で私を見る。そんな顔をしたいのは、私の方なのに。寝起きのくせに、私が逃げないようにいつの間にか手を掴んでいる。長い付き合いだからこそ私の行動が予測できるのだろうが、今はそれが憎らしい。
「え、の……、」
「……悪ぃ、俺なんかしちまったか?何かあるなら、言ってくれ、ハル。謝るし、治すから、なあ、」
困ったように縋るように、眉を下げて言うエノ。可愛い、なんてまた思ってしまう私は、まるで自分の思いを捨てられてなんかない。
また惨めになって、情けなくなって、捨てたはずの恋心なんて欠片も捨てられてなんかなくて、耐えていたのにぼろりと涙が転がり落ちた。それがまた情けなくて、拍車をかける。
「っおい、泣くな、ハル!何かしたか!?ってか何かあったか!?なあ、ちょ、泣くなっ、」
「っ……、」
「ハル、待て、良い子だから泣き止め!」
いい年してみっともなく泣いて、手を掴まれてるせいで悲惨な泣き顔を隠すこともできなくて、子供のように泣く。声も嗚咽も漏らさないのは、なけなしの矜持だ。
悲しくて、辛くて、苦しくて。胸が痛い、息ができない。
それでいっぱいいっぱいだったのに、いい年して大慌てするエノが、昔みたいに子ども扱いするエノが可愛くて、おかしくて、それから何もかもを一掃するほどに嬉しくなってしまった。
抱き寄せて落ち着きなく頭や背中を撫でる大きな手も、上から降ってくる混乱したような言葉も、何が何だかと目を白黒とさせる様子も、全部全部幸せで。
「コハル……、」
ああ全く、手放せる気がしない。
宝物は宝箱に仕舞っておきたい。でもね、この幸せな宝箱の中に、私も一緒にいたいんだ。
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