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初めてこの男に会ったのは大学生の時だ。資格試験に訪れたビルの一階で、油絵の個展をやっていたのだ。試験後時間が余り、暇つぶしのつもりでそこに足を向けた。そして私は壁に掛けられた絵に一目で心を奪われた。今と変わらない、いや今よりもあっさりした描き方だったが、写実的で一瞬写真かとも見紛うが足を止めれば油絵独特の荒々しさや大胆さが現れる。まともに見もしなかった入り口の作者紹介に目を向ける。
『榎木津達磨』
その時は歌舞いたような名前にペンネームか何かとも思ったが本名だったことが後で知れた。本人はどこかにいるだろうか、と興味本位で見回すとスーツ姿の男たちと話している人が見えた。首から下げたタグに、作者紹介と同じ名前が書かれている。短く刈り上げられた黒髪とがっしりとした体格、上背に画家と言われるよりも何か格闘技の経験者という方がしっくりくる。ふと、何を言われたのかは分からないが画家がくしゃりと笑った。
あ、可愛い。
自分よりも体格だっていい、年だって上だろう。それなのにその屈託のない笑顔に可愛いと思ってしまった。
ただまあそう思っただけで、特に声を掛けたりもしなかった。結局、電車の来る時間のギリギリまで個展の絵を只管見ていた。絵なんて詳しいわけでも勉強したことあるわけでもない。ただ私はその絵に惹かれた。一般的な評価やその経歴はわからない。けれど私は好きだった。
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