幸せな恋は宝箱と共に

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次に会ったのはそのビルのあった最寄り駅だった。授業が半日しかなく、午前で帰る。真昼間とあり駅にいる人はまばらで、その中でかの画家はとても目立っていた。大きな四角いもの、おそらくキャンパスだろう、それを持った画家は改札を抜け歩いていく。何か意図があったわけでもないが、なんとなく見ていると彼が歩いた後に何かが落ちていることに気が付いた。周りにいる人は構うことなく、それは拾われることなくぽつんとタイルの上に転がっている。落としたのを見てしまっていたこともあり、仕方がなくそれを拾い上げる。と、なんでもないどこにでもありそうなストラップだった。可愛いような可愛くないような、何かよくわからないキャラクター。少なくともいい年した男が付けて歩くにはいささか不似合いだ。よくよく見ればストラップの紐の部分がちぎれてしまっている。 一瞬、迷う。一目見て安物だとわかる、食玩のおまけのような壊れたストラップ。本来なら落とし主のところに届けるのだろうが、果たしてこれはいるのだろうか。普通であれば壊れたなら捨てよう、となるだろうが、画家だ。なにか独特のセンスを持っているかもしれないし、もしかしたら何か大切な思い出があるかもしれない。 ちらりと時計を見る。昼過ぎ、幸いあまり昼を食べる方ではないし、明日提出のレポートやレジュメもない。いや、実際は好奇心が上回ったのだ。あの日見た油絵がフラッシュバックする。私がとても好きな絵だった。それを描いた人間に微塵も興味がないかと言えば、嘘になる。 折角だ、追いかけてみよう。そう決断したのはキャンバスの端が曲がり角に姿を消そうとしたときだった。小さなストラップを握りしめて、追う。尾行しているようで少し楽しい気分になりながら画家のあとを歩く。客観的に見ればストーカーだが、気にすることもない。適当なところで声を掛けてこれを渡せばいい。さもすぐ近くで拾ったかのように。画家とて駅で落としたと気づいてはいないだろう。 しばらく歩いていると住宅街に入る。しかしそこまで来たところで迷子にならず無事に家に帰れるか怪しくなり、やむなく尾行を諦めることにした。
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