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「あの、すいません、」
「ん、どした嬢ちゃん。俺になんか用か?」
想像していたよりも低い声、そして向かい合うと威圧感を感じる背丈に慄く。好奇心は一気に吹き飛んで一刻も早く用事を済ませたく思い、壊れたストラップを差し出す。
「これ、落としませんでしたか?」
「お?……あ、本当だ。ねえな、壊れちまったか。安もんなのにわざわざありがとうな嬢ちゃん。」
また、いつかみたいにくしゃっと、画家が笑う。その笑顔のせいで威圧感も帰りたさもすべてなくなってしまうのだから、現金だ。壊れたストラップを渡して用事を終わらせてしまうのがもったいなく思えたけれど、渡さないわけにもいかない。大きくはないストラップは画家の大きな手に乗るととてつもなく小さく見えた。
「あ、の……榎木津達磨さんですよね。」
「んあ、俺のこと知ってんのかい?」
「前に、ここの近くのビルの、個展で見たんです。その、あなたの絵がすごく、好きです。」
「お、嬉しいこと言ってくれるねえ。嬢ちゃんみたいな別嬪さんに言われると一入だな。」
きっと私の顔は真っ赤だっただろう。いざ話しかけてみたものの、言葉も見つからず辛うじて出た言葉もまるで告白じみたもので。画家のよく回る口から出るお世辞が赤みに拍車を掛ける。カラカラと笑う画家はおそらくいわれ慣れているのだろう。
「そういや嬢ちゃん、昼飯はもう食ったか?」
「え?……いえ、まだです。」
「そ、じゃあ礼に奢ってやるよ。」
「っいや、そんな悪いですし、本当、拾っただけですから!」
本当は拾って尾行までしていたのだが、それは伏せる。しかしほぼ初対面の人間にそう甘えていられるほど厚かましくはない。もう少し、話をしてみたいという気持ちももちろん、あるのだが。
「遠慮すんな。近くにうまい店があるんだよ。」
「いや、その、」
「自分の絵が好きだってぇ言ってくれる子に会って浮かれてんだ。……もちろん、時間があればの話だが、少しおっさんに付き合っちゃあくんねえか?」
浮かれてる、なんて私の方だ。おっさんなんて言う歳でもないだろうに。時間なら有り余ってる。グルグルと考えるのに、口からはまともに言葉が出てこない。私はパニックになりながらも、いつのまにか首を縦に振っていた。
そこから画家、榎木津達磨との交流が始まった。
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