幸せな恋は宝箱と共に

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画家というから変わり者で厭世的で無骨、なんて想像していたがまったく裏切られる。気さくで軽口を叩き、よく笑う。さっぱりと明るい男だった。数カ月もすればお互い他人行儀なところもなくなり遠慮のなく話をするようになったが、改めて趣味や気があうことがわかった。私が大学を卒業し働き始めてからも交流は続き、気づけば合鍵すら渡されるようになっていた。 出会ってから、十年近く経った。私は会社の中でもそれなりの地位につき始めて、後輩も増えた。画家は売れっ子となり、世界でも名を馳せるほどの称賛を得た。お互いそう時間があるわけではないが、時間があれば無意識のうちに彼の家へと足が向いている。もはや自分の家にいるよりも彼の家にいる時間の方が長いと言っても過言ではないだろう。 でも私たちは、恋人ではない。 ただ仲が良く、縁の長い、ファンと画家だ。そこに何か色はない。 私は画家を気さくだと表現したが、人誑しでもある。有体に言えば軟派。誰とでも距離を詰めるのが上手いのだろう。帰ってこないかと思えば朝になって香水の匂いを付けて帰ってくることもある。だが私がそれについて何かを言うことはない。私は、言える立場にいない。そして彼もまた特にバツの悪そうな顔もしない。それもそうだ。後ろ暗いところなどないのだから。ただ彼は家に女性を連れこんだことはない。一度それとなく聞いたことがあったが、アトリエも含め自分のテリトリーに入れたくないのだとか。じゃあテリトリーどころかアトリエにさえ出入りを許している私は一体何なのだ、と思わないでもないが、それはきっと信用のおけるファンであり、友人だからだろう。と答えは決まり切っている。事実では、ある。主観的にも客観的にも。私は彼の絵が好きだ。だからそれを邪魔するような、台無しにするようなことがない様に細心の注意は払っている。 ファンとして信用してくれている。画家にそう思われていることはこの上もなくうれしいはずなのに、わだかまりのような何かが胸の底にある。それが何なのかわからないほど、私は若くはない。だがそれ以上を望めるほど図々しくもなれなかった。
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