第二章  事件の後で

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 事件から二週間たったある日。  文子のお気に入りのレストランで、環親子と高政夫妻は食事を楽しんでいた。(余談ながら、二宮弁護士はまた別居中だ。夫婦喧嘩は犬も食わぬ・・) 「お父様とお母様、カナダから帰ってまで守って下さってとっても嬉しかったです」、言葉を切ると環は赤くなって話を続けた。 「実は、ご報告があります・・・私が十年前に失った命を、もう一度身体の中に宿しました」 「環さん、本当なの」、文子が椅子から立ってきて、環を抱き締めた。  高政が涙ぐんでいる。  あの流産の後、半年間を一緒に過ごした頃の環を二人は忘れられなかった。だから、二人にとって、これ程嬉しい報告は無い。  また環にとっても、かつて慈しんで包む様に守ってくれた高政と文子に喜んでもらえた事が、何より嬉しかった。 「でも高彬は知ってるの」、文子の問い掛けに。更に赤くなって、かぶりを振る。 「話しそびれてしまいました。事件が終わった後の地検の残務処理に追われて。まだあの人には、逢っていません」 「検事は、続けるの?」、心配そうに聞く文子の問いにハッキリと首を横に振った。 「今日、広瀬検事に退職願いを出して来ました。きっともう直ぐ悪阻が始まって、仕事どころでは無くなります」  微笑んで、言葉を続けた。 「私。今度はちゃんと産んであげるって、お腹の子に約束しましたから」  文子が勢い込んだ。 「じゃあ、軽井沢でまた一緒に暮らしましょうよ。フン!高彬には、あのお芝居のお仕置きがまだですからねッ」、文子の言葉に高政が笑っている。 「ところでお母様。どうして十五歳の高彬さんの許婚に、生まれたばかりの私を選んだのですか?」  環の問いに文子も高政も、「何のことだ」、と言う顔をした。  その時、二宮弁護士が申し訳なさそうに口を開いた。 「生まれた時からの許婚だなんて、嘘を付いてゴメンね。本当はお前が十五歳になるまで、そんな話は無かったんだよ」 「高彬さんが、七歳のお前にも惚れていたと言われてねぇ。いやぁ・・驚いたよ」 「僕の事務所を助ける代わりに、君が十八歳のになったら嫁に貰いたい。だからそういう事にして欲しいって言われてね。つい承諾してしまったんだよ」、本当に申し訳無さそうに話す二宮弁護士に、文子が怒りの視線を突き刺した。  (それにしても高彬の奴。よくも生まれた時からの許婚だなんてウソを!・・この結婚は愛でも恋でもなく、両家の利益の為だって言ったくせに・・)、環はただ呆れていた。
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