第4章 今年は二人だけで(続き)

8/9
前へ
/39ページ
次へ
まだ梅雨の開けていない外は、また小雨が降りだしていた。 それを庇の向こうに見ながら、僕は、彼女の前に「はい」と ある物を差し出す。 「花火?」 去年の同じ月、僕たちが付き合うきっかけになった花火を記念して 今日のハイライトにしたいと用意しておいた、線香花火。 「本当は、いっぱいしたかったんだけど、夜中だから一本だけ」 囁くように言って二人でしゃがみ込み、マッチを擦る。 そして、一緒に炎に花火を近づけて間もなく、 チカチカと小さな花火が、僕たちの前に散りだした。 「きれい……」 彼女の囁き声が、細く呟く。 その瞬く光を見詰める彼女の横顔は、 暗い中でも、女神のように優しく、美しい。 だから、その柔らかな頬に、僕は小さく唇を寄せた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加