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「お前、マヤマを、」
煮えたぎっていた怒りが、しゅんと冷えていく。それは冷えたからなのか、それとも熱すら感じなくなったのか。
「あいつが、何度言ってもお金を持ってこないから紹介しただけ――」
1発。コンノの言葉を遮って、行き場を失っていた怒りを拳ごと壁にぶつける。それは僕の知らない力強さで、体育倉庫内に重たい音を響かせた。
「返せ、返せ、返せ!」
その後はもう言葉にならなかった。獣のように叫び声をあげながら、視界に入るものを次々に壊していく。スコアボードを壁に投げつけても、卓球台を倒しても、僕の衝動は止まらない。
僕の体は強風に煽られて、大人の世界へ落ち掛けているのだ。それは真っ暗で底は見えず、汚い空気のする場所。
淀んだ大人の煙がずるずると僕の体を覆い隠す。必死にロープを掴む指先まで辿り着いてしまえば、僕は落ちてしまうのだろう。
コンノは、暴れる僕から逃げ、倉庫の隅に積み上げられたマットの上で腰を抜かしていた。それは僕の豹変に畏怖し怯える姿は、猛獣を前にしたネズミに似ている。
僕の視線はコンノの、めくれたスカートとそこから伸びた白い足で留まった。
階段で見た赤色が蘇る。そして僕の奥底で燻っているものを誘った。
「同じ目に遭わせてやる」
きっと、僕は汚れた顔をしているのだろう。
じりじりと近寄りながらズボンのベルトに手を添えると、コンノの表情がさらに青ざめた。
「や、やめて」
か細い悲鳴は僕の耳をくすぐるだけで、頭までは入ってこない。いや、違う。僕の頭は別の音を認識しているのだ。
強い風が、吹いている。
ひときわ激しく、ロープが波を打ち――
指が、滑った。
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