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その日の安藤は、先日参加した『イケてる文豪研究会』略して『イケ文』(この略名はどうだろうかと、早々と議論を交わしたのは、もちろんの話だ)から、借りてきた坂口安吾の「夜長姫と耳男」をいつものように畳の上で寝そべりながら読んでいた。
そこへトントンと、若干の戸惑いが含まれているようなノックの音。
安藤は本を閉じ耳を傾け、訪問者を想像した。
『イケ文』からの、本の返却の催促だろうか。
まず安藤の頭をよぎったのは、ヒョロリとしたやや猫背のイケ文会員、田中の風貌だった。
何故なら、本の返却期限を3日程オーバーしていた。
本を借りた頃は、グランドでの掛け声や、管楽器のブォーンという音がキッチリと閉めた窓から微かに聞こえ漏れる程度だったが、それから2週間経ったこの日は、開け放たれた窓から暖かな日差しと共に、高校生らしい雑音が安藤の耳に届いていた。
それらは実に安藤の副交換神経を刺激しているらしい。
その証拠に彼の瞼は、重くてたまらないとでも言いたげに、眼の半分から上には持ち上がる気配がない。
舟を漕ぐ安藤の最後の記憶は、やや大きめに叩かれたトントントンであった。
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