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家に帰ると、ベランダの窓が開いていて飼っているはずの猫がいなくなっていました。全てを悟った私は一人ぼっちになってしまったワンルームで怖くなって泣きました。猫のために泣いてあげることが出来なくて少し残念です。
それから一ヶ月後、また深淵ちゃんは現れました。今度は恋人の家に。
暫く、バンドマンの彼とはソファで股をこすり合わせながら舌と舌を絡め合っていたように思います。それから、まあ、そういう雰囲気になるじゃないですか。だから私はシャワーを浴びたいと言ったんです。このままでいいという彼の制止を振り切り、その日は暑かったものですから「汗を流したい」と言ってバスルームに行きました。
「ひっ」
出ました。バスタブに腰掛けて。深淵ちゃんです。普通に怖い。
「あなた、深淵に片足突っ込んでるわよ」
「どこから入ったのよ、あなた」
どうした? と彼の声がしました。腰を抜かして、傍にあったキッチン棚に体を寄りかからせながら助けを呼びました。私の表情を見てか、これは尋常ではないと察した彼が血相を変えて私のほうへ向かってきます。
「深淵ちゃんが……」
「しんえ……ん? なんのことだ?」
尋常ではないと察した彼の、察しの悪い部分が浮き彫りになった瞬間でした。私は口をぱくぱくさせながらバスタブを指さすと。
そこにはもう、誰も居ませんでした。
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