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深淵ちゃんは、もしかしたら疫病神なのかもしれません。あれだけ幸せそうな笑顔で未来を語っていた彼が浮気なんてするはずがありませんし、うちのベランダだって、家を出る前に閉めていたはずです。どうしてこうなってしまうのでしょうか。憎くて憎くて仕方がありません。
とぼとぼ部屋に帰ると、あらゆる収納スペースとやはりベランダが開いていました。ああ、これはやられたなと。
金品の類は無事でした。しかしながら、私の衣類……とりわけ下着は。
べっとりと。
生臭い何かが。
泣きたくても泣けません。震える声で警察に通報したらすぐに来てくれるとのことでした。心臓が早鐘を打って、飼っていた猫のことを思い出しました。あのとき、ベランダは勝手に開いたんじゃなくて今回の犯人が侵入を試み、窓を開けたときに、猫がそれを防いでくれたのではないか。それを思ってやっと、猫のために泣けました。名前も付けていない、野良猫でした。拾って来た時は私の手のひらに乗るくらい小さくて、就職したての私が疲れた顔で帰宅するとごろごろ甘えてくるのです。
なぜ、あのとき猫のために泣いてやれなかったか……深淵ちゃんに出会った恐怖が勝ったからです。そうに違いありません。
本当は血も、涙もある人間なのですから。
間もなくマウンテンゴリラみたいな図体をした警察が来て、部屋の状況と、被害と、簡単な取り調べをしてくれました。
「今日は一人で寝ないほうがいいですよ。家族か、友達か、恋人の家に泊まると良いでしょう」
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