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俺がひとちゃんを泣かしているんじゃなくて。
東屋の不誠実な気持ちが、ひとちゃんを泣かすんだと、疑ってもいなかった。
だから、東屋を疑いたくなるような言葉ばかりを、ことあるごとにひとちゃんにぶつけた。
目が覚めるのは、二段階。
「……糸ちゃんの『好き』なんか信じない。好きだったら傷つけるようなこと言わない。私だったら、東屋さんが泣くくらいだったら、他の誰に向けてだって笑って欲しいって思うもん」
涙で潤ませながらも、強く俺を睨んではっきり言ったひとちゃんと。
俺の胸倉を掴んで拳を振り上げた東屋の顔。
いつもはクールな男が、血相変えて俺に怒りをぶつけた。
ああ、なんだ。
このふたり、ほんとにちゃんと愛し合ってるんだ。
すとん、と胸に落ち着いて、曇っていた視界が晴れる。
俺の入る余地なんか、一ミリもなかった。
迷いなく振り下ろされる拳を、ぐっと歯を食いしばって、受けた。
その数三発。
おまけで西原さんから一発。
その間俺は、ひとちゃんにぶつけてしまった言葉の数々を、思い出していた。
ゴメンね。
ごめんひとちゃん。
ひとちゃんが泣くことわかってて、自分の都合のいいように思い込もうとしてた。
確かに、ふたりの「好き」には遠く及ばない、独りよがりのものだった。
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