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不良校に通う、金髪で、ちゃらちゃらしていて、見るからに女慣れしていそうな、俺とは正反対と形容するに足る男。
中学に上がった頃から、彼女はそういう彼氏を何度も作ってきた。
学校でも、彼女の家でも、散々見た。長く続いて三ヶ月だが、同じタイプとばかり付き合うということは、つまり、彼女はそういう男がタイプなのだろう。
そう気付いた時、自信がゼロを突破して、マイナスになった。
幼馴染で、兄貴で、家庭教師で、送迎係。
今の俺って、詰まる所、彼女の中で、そんな立ち位置。
彼女には、ピンクより青が似合うのに。
「……海」
穏やかな波音にさえ掻き消される、小さな小さな声で、久しぶりに、彼女の名を呼んだ。
普段は、絶対に呼びたくないけれど。
「チロ? なんか言った?」
「……別に」
俺は、自転車を急発進させる。
彼女はまたバランスを崩し、俺の背中を叩いて文句を言っている。
チロ、と彼女は気安く俺を呼ぶ。
嬉しくても、怒っていても、泣いていても、変わらない。
でも、俺は呼ばない。少なくとも、人の耳に入るようには、言わない。
だって、彼女の彼氏も、彼女を『海』と呼ぶから。その名は、俺だけの特別ではないから。
自分と彼氏の響きの差を思い知って、空しくなるだけだ。
それに、聞かれたら、きっとばれてしまう。
それ位、俺には余裕が無い。十年以上隠してきたこの気持ちを、たった二文字に攫われてしまう。そこは、逆に自信がある。
小学生の頃は、単純に伝えるのが恥ずかしくて、中学生の頃は、タイプが違いすぎて、高校生になった今は、何を言っても今更にしか思えなくて、関係を壊す位なら、と今の立ち位置に甘んじてしまう。
駐輪場の少し前で、彼女と別れる。
自転車からひらりと飛び降りた彼女は、いつもなら瞬時に走り去るのだが、今日は少し、様子が違った。
俺の方を向いて、髪を弄っている。
こういう時の彼女は、訊いてやらないと何も言ってくれない。
「何?」
「……チロさぁ。……来週の月曜日、用事ある?」
月曜日と聞いて、ピンときた。彼女らしくない弱々しい声がいじらしい。
「空いてますよー。何せ俺は、休みの日も課題ぐらいしかすることの無い、サミシー男ですからー」
「はぁ? いつの話してんの」
「昨日」
「本気で返さないでよ! もういい!」
つい、からかってしまった。
踵を返して行こうとする彼女を、鞄を掴んで止める。
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