昼休みの出来事

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(そうだ、君は僕から動くことを待つしかない) 徹は創の様子から察した。自分の思い通りになっていることを。 (君が考えられる人間で安心したよ。この勝負方法を僕から持ちかけるのは明らかに不自然だ。つまり僕には何か勝つための手段があると思い込ませることで、彼を自分から動けなくさせた。ふふ、単純にドアノブに触れにいかれたら打つ手がなかったからね。先手を打たせてもらったよ) そう、自分からの勝負の提案、そして余裕の表情を繕うことで創をまず硬直させることが第一段階。そしてその間に自分が勝つための手段を導き出す。これが徹の策。 だが時間もわずかだ。長続きはしない。相手がしびれを切らして動いたらそれだけで終わりだ。故に迅速に導き出さなければならない。 自分が勝つ手段を。 (僕の脳よ!状況を分析しろ!勝つための一手を考え出すんだ!僕ならやれる!) 徹は思考を回転させる。 (トイレのドアノブは1つ。体の向きから僕からは左手前側。彼からは右手前側にある。僕たちは互いに右利き。彼は右手でドアノブ触りに来るのは確定だが、僕は少しでもドアノブとの距離を縮めるために、左手でいかせてもらう。ドアノブと手との直線距離はお互いに約1メートル程。だが、あらかじめ左手を軽く前に出して構えた。これだけで少しだけ僕の手とドアノブは近くなり、到達までの時間は短縮できた。そして先手の権利も手に入れた。だが、これで勝てると思うほど僕は君をなめてはいない。例え先手で動いたとしても、彼なら1フレームレベルで反応し、僕の手を弾けるはずだ。彼の反射神経、手の長さ、ドアノブと手の距離、僕の到達時間、初速度、空気抵抗、普段から使っていない左手、指の長さ、踏み込み、お腹の具合。もろもろ考慮して、低く見積もってもおそらく……) そして、徹の頭の中で計算が完了する。 (0.2秒だ。僕が勝つためにはあと0.2秒足りない) 創に勝つには0.2秒足りない。しかし逆を言えば、たった0.2秒稼ぐだけで、徹の勝利は見えてくる。 (……算段はついた。この勝負、勝たせてもらう!) そして、徹は動き出す。
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