第一章

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谷井 誠(タニイ マコト)48歳。 「谷井探偵事務所」 という、そのまんまな個人探偵事務所経営者。 今まで病院のお世話になった事は殆どなく、文字通りの健康優良児と言って良い私であったが、この日は朝から腹具合が悪かった。 昨晩食べた5日前のカレーが悪かったのか、朝食に摂った賞味期限切れの生卵が原因か。 それとも全く別の要因なのかはわからないが、とにかく調子が悪かった。 とはいえ、熱も無ければ吐き気もない。 単なる腹痛で仕事を休む訳にもいかないし、個人事務所の気楽さ故、いつ席を立ったとて咎める者は誰もいない。 結局市販の整腸剤を服用して家を出たのだが、 「すぐに効く!!」 という謳い文句を殴り飛ばしたくなる程、全くとして効果は顕れなかった。 「こりゃ・・無理かもしれん・・」 出社してわずか10分。 シクシクと痛む腹をさすりつつ、緩慢な動作で席を立つ。 男性用トイレは事務所のドアを開けたすぐ向かい。 時間にして1分もしない間に、私はこの苦行から解放される事だろう。 当たり前に訪れるはずの安息の時。 だがそれを奪い去ったのが、突如として部屋に押し入ってきた無粋な侵入者だったのだ。 申し訳程度にサングラスをかけた、小太りの中年男。 どうみても武術には精通していなさそうな立ち振舞いではあったが、いきなり無言のまま突きつけてきた黒光りする物体は、無計画な抵抗を躊躇させるのに充分だった。 恨みか、金品狙いか、単なる通り魔的犯行か。 全く何一つわからぬまま、捕虜となる事約1時間。 いつ犯人が発砲するかわからないギリギリの状況。 そしていつ決壊するかわからないギリギリの腹具合は、今以て続いていたのである。
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