第一章

4/15
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「おうっ・・ふ・・」 時間の経過と共に強大な力を手に入れつつある下り龍に、思わず白目を剥きそうになる。 不自然に逸る鼓動。 止まらぬ冷や汗。 冬だというのに体の内側から迸るエナジーに蒸し上げられる私の体に、そっと細い影が寄り添ったのはその時だった。 「大丈夫ですか先生。顔色がお悪いようですが・・」 「彩乃くん・・」 才色兼備。 眉目秀麗。 そして私と同じく後ろ手に縛られた姿が痛々しいこの女性は斎藤彩乃くん、28歳。 残業なし、有給完全取得、おまけにそこいらの企業より遥かに高給なハズなのに、何故か人が長続きしない当探偵事務所にて約1年、文句も言わずに私を支えてくれている唯一のスタッフだ。 こんな状況で私の身を案じてくれる優しさに思わず涙が出そうになるが、潤んだ大きな瞳。 そして小刻みに震える桜色の唇は、抑えきれない恐怖を物語っている。 今日が折角の誕生日だというのに仕事を優先してくれた挙句、こんな事に巻き込まれてしまった彼女を何とか救ってあげたいが、問題はこのマグマのように煮えたぎる下腹部だ。 我慢に我慢を重ねる事1時間超。 発射エネルギーは既に90%以上のチャージを終えている。 「トイレに行かせて下さい」 などというベタな言い訳(実際は掛け値なしの本気なのだが)がこの物分かりの悪そうな犯人に通じるとは思えないし、幸い縛られていない足で相手を蹴り倒そうにも、腹に力を込めた時点で解放してはいけないものが解放される気がする。 自分一人ならいざ知らず、こんな美しい女性の前で人間としての尊厳を失う事は、いかに非常時とは言えども憚られた。 「先生・・」 重苦しい沈黙に耐えきれなくなったのか、か細い声で私を呼ぶ彼女が、こんな状況だというのにいじらしい。 肩が触れ合わんばかりの距離から香る色気によるものか、はたまた下半身から全身に回りつつある毒素によるものか。 一瞬ふうっと意識が遠退きそうになった私は、気と括約筋を引き締め直して今後の策を練り始めた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!