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おねえちゃんを殺した。
憎んでいたわけじゃない。疎んでいたわけでもない。むしろ好きだった。そんな素振りは本人の前では全く見せなかったけれど、ぼくはおねえちゃんのことが割と好きだった。
ミステリアスな人だった。言いたいことはすぐに煙に巻いてしまって、本当のところは見せない人だった。
おねえちゃんはいつだってぼくのことを考えてくれていた。ぼくはそれを感じていたし、彼女もそれを知っていたのだと思う。
ぼくにとって彼女が全てだったわけではない。だけど彼女にとってはぼくが全てで、ぼくに惜しみなく愛を与えてくれていた。
膝の上に乗せた彼女の頭が重い。頭というのは存外に重いのだということをぼくは知った。頭蓋と脳しかないはずなのに、不思議なものだ。それとも魂が抜けてしまえば、もう少し軽くなるだろうか。彼女が作った血だまりの中でぼくはそんなことを考える。
傍らには大きなスコップが転がっている。ぼくがおねえちゃんを殺した凶器で、ぼくがおねえちゃんの墓穴を掘ったスコップだ。墓穴は桜の根元に掘られていて、おねえちゃんはそのすぐそばに倒れている。
ぼくたちのほんの数歩先にある崖の、向こう側にある街並みの端の空が、薄い藍色を帯び始める。かすかに光る星屑が消えていく。もうすぐ夜明けがやってくる。
はらはらと桜の花びらが落ちてくる。多分、悲しいのだと思う。だってこれは変化だ。ぼくはおねえちゃんを失って変わってしまうのだ。
出会ってからほんの少しの間しか話さなかったけれど、ぼくはおねえちゃんのおかげで生きてこられたのだ。ぼくはおねえちゃんに依存して生きていた。
ずっとそうしていた。もしかしたら生まれてからずっとそうだったのかもしれない。
ぼくはおねえちゃんのことを何も知らない。だけどおねえちゃんはぼくのことを何でも知っている。ぼくとおねえちゃんの関係はそんな妙なものだ。
それでも彼女はきっとぼくのおねえちゃんで、ぼくはきっと彼女の弟だった。
ぼくは、最愛のおねえちゃんをこの手で殺したのだ。
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