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「何してんの、みらい様」
「あ……」
緊張のせいで中々押す勇気が出なかったと言う訳にはいかず、ちょうど今鳴らそうかと思っていたのだと答えた。
「へぇ、そう。覗き窓からしばらく見てたけど、全然押そうとしてなかったじゃん」
「み、見てたの!?」
「だって遅いから。部屋が分からなくて迷子になってるのかと思ってた」
「だから、私方向音痴じゃないんだってば」
ため息をついていると、陽希が扉を大きく開けた。
「とりあえず入りなよ。みらい様が押そうかどうか悩んでた事については知らない振りしてあげるから」
「思いっきりバレてた……」
「いいからほら」
私の腕を取ると、陽希はそのまま引っ張って家の中へと入れた。
廊下を抜け、リビングへと続く扉を開けると、とても良く整頓された綺麗な部屋が現れた。
「え、凄い綺麗……」
「何その反応。まさか汚いとでも思ってたの?」
訝しげにこちらを見る陽希に私は苦笑した。
「……まぁいいや。とりあえずそこ、適当に座ってて」
部屋の中央にあるモスグリーンの落ち着いた色味のソファを指さすと、陽希はキッチンの方へと向かって行った。陽希に言われた通りソファに腰掛けると、部屋の中を見回した。
リビングの向こう側にはもう一つ部屋があり、半分開けられた扉からベッドが見える。その部屋もだいぶ綺麗にされており、リビングと同じで余計な物が一切無かった。
私も見習わないといけないな、と感心していると、陽希が暖かい飲み物を入れたカップをソファの前にあるテーブルに置いた。
「コーヒー、飲める? それしか無くて。砂糖とミルクはあるけど」
「うん、大丈夫。ブラックで飲めるよ」
「へぇ、意外。甘々しか飲めなさそうな顔してんのに」
私の顔をじろじろと見ながら、陽希は隣に腰を下ろした。
「それ、どういう意味? 幼いって言いたいの?」
ムッとする私を見て、陽希は笑った。
「相変わらず突っかかってくるね、みらい様は」
「陽希がいつも余計な事言うからでしょ? 突っかかってるんじゃなくて、突っ込んでるの、私は」
口を尖らせてそう言うと、カップを持ち上げ一口飲んだ。少しだけ酸味のある温かなコーヒーが、胃の中へと流れ込みホッと息をつく。
その様子を黙って見ている陽希に気がつくと、顔を向けた。
「……何?」
「いや、ここにみらい様が居るのが不思議な感じがして」
陽希はそう言うとカップに口を付けコーヒーを飲んだ。
「あの時はまさかこうなるとは夢にも思わなかったなって思ってさ」
カップをテーブルに置き、ソファの背もたれに寄りかかる陽希を見て、私も最初の頃の事を思い出していた。
怪盗である陽希達に脅され、仕方なく家宝探しをさせられていた頃が、ひどく懐かしく感じた。まだ二ヶ月くらいしか経っていないというのに……。
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