楠瀬家の家宝

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「駄目、まだ離さない。一ヶ月我慢してたんだから」 「……じゃあ、一ヶ月こうしてるつもり?」 「あぁ……それも良いかもね」 そう言う陽希を怪訝な顔で見上げる。 陽希はくすりと笑った後、目を閉じると私の耳元へと口を寄せた。 「……ほんとにありがとう」 静かにそれだけ言う陽希に、私は小さく頷いた。ありがとうというその一言に、色んな意味が込められているのを感じた。 あの時祖父の書斎室に入らなければ……。 すぐにでも誰かを呼びにいっていたら……。 そんな後悔ばかりがずっと胸の中に渦巻いていた。 でも、あの時祖父の書斎室に入らなければ。 すぐにでも誰かを呼びにいっていたら。 たぶんこうして陽希のそばに居られることは無かっただろう。 だから後悔なんてもうしていない。 この先も、ずっと一緒にいられたらと、そう願ってる……。 「……で?」 「ん?」 陽希が不思議そうな顔でこちらを見ている。 「いつ離してくれるの?」 不機嫌そうに見上げる私を見て、陽希は何も言わずにただ笑顔を浮かべている。離す気無いんだろうなと思いため息をついた時、私はある事を思い出した。 「……そうだ陽希。さっき下で夕陽さん達に会ったんだけどね」 「うん?」 「青葉が陽希に伝えて欲しい事があるって」 「青葉が? なんて言ってきたの?」 「確か……今回は身を引くけど、諦めたつもりじゃないから油断するな。だったと思う」 その言葉を聞いた陽希の顔が真顔になる。 「……ふーん、あいつそんな事言ったんだ」 陽希は体を離すと、私を見た。 「どういう意味?」 「……分かんなくていいよ、別に。あいつの事考えるようになったらムカつくし」 「え?」 不機嫌そうにする陽希を見て私は首を傾げる。 「青葉と、喧嘩でもした?」 「してない。今のところ」 「今のところって……」 「はいはい、この話しはもう終わり。みらい様は俺の事だけ考えてればいいの」 「でも……」 口を開こうとする私の顔に影が落ちる。顔を傾けた陽希が口を塞ぐようにキスをした。 「どうしても喋りたいっていうんなら、強制的に俺の事しか考えられなくするよ」 唇を離した陽希の視線が至近距離で私を捉える。私はぴたりと動きを止めたまま陽希を見つめた。
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