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◇◇◇
四月四日。日曜日。晴れ。すがすがしい春風と共に朝日が大通りに降り注ぐ。
時刻は午前九時。オレは幹線道路沿いにある大型のホームセンターに、仕事用の軽トラで乗り付けて来ていた。郊外型の駐車スペースの広くとられたホームセンターは、野外に白いテントを張って地元野菜の直売をやっている。農家は皆早起きばかりなのか、ホームセンターの開店時間は午前八時と早い。テントの前では黒いゴム長靴をはき、JAのキャップをかぶった爺さんが、チンゲン菜の苗を買っていた。
オレは朝から何をやっているんだろう。ホームセンターの野外スペースに山積みになった牛フンの肥料の、間抜けな牛のイラストが描かれたパッケージを見ていると、ため息が出た。クマデやら、スキやら、クワなどのならんだ園芸用品売り場で、大男が花の種を探してうろついているなんて、誰が見てもオカシイ。 不審人物である。 オレはこの場に来ておいて、今さらながらに、種を買うべきか迷っていた。そして意味もなく園芸用品売り場を何周もしていた。
これだもの、ああ、無様、無様。滑稽だこと。「何かお探しですか?」と赤いエプロン姿の、女子大生風の若い店員がオレに声をかけてきたのも必然だ。
職業柄やむを得ず声をかけてきただけであろうが、まあいい。不審な大男が園芸コーナーにいる理由に関心があるなんて、仕事熱心である。オレが彼女ならば同様の事をする。ブタ小屋に羊が混じっているような、珍妙な事実をまの当たりにして、黙っていられる自信はない。根掘り葉掘り質問攻めにして、なぜ大男が園芸コーナーにいるのかを、ただすはずだ。それだから早くこの場から逃れたかったが、まずいことに、首から下げた名札に目をやると、園芸担当、佐藤、とあるではないか。
「ええ、ちょっとその、探し物をしていて……」
まったく答えになっていなかった。状況が許せば、おおいに結構な話だ。オレ好みの化粧っ気のない若いポニーテールの女で、細い腕、白い肌、とがっているが品のある顎、そして艶めいた黒い髪はどれも魅力的であった。しかし、今は女に見とれている余裕はない。こうしている今も、のほほんとした園芸コーナーに相応しくない大男の自分が、珍妙な迷信にムキになって、花の種を探している。
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