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何か良い言い訳はないか。オレは無い知恵を絞り出そうと必死だった。
しかし、もがけばもがくほど、状況は悪化するばかり。つくづく語彙力のなさを痛感させられた。したがって会話はことごとく、女がイニシアチブを握り、あの骨董品店の店主さながら、オレは美女店員の話に流されるがまま【マツバボタン】なる花の種と、園芸用の土と軽石、それから液肥を買ったのであった。
「何かわからないことがあったら、お気軽にご相談くださいね」
女は最後にそう言ってワザとにかしこまった。口角がすこし引きあがったので、この仕草には何かしら好意的なもの(この場合は、親切心と植木鉢に対する好奇心)が込められているのがわかる。大男が妖精だの、花だの、植木鉢だのの話をするからだろう。彼女は花が好きであるようだし、おそらく占いや、この手の類の迷信に興味がそそられるに違いない。あるいは植木鉢について正直に話したオレを、変人だと思ったかもしれない。しかし、よくよく考えれば、それも悪いことではない。思わぬところで美人の興味を惹いて、ラッキーというもんだ。これを切っ掛けにすれば、新たなる展開を望めるやもしれぬ。
◇◇◇
家に帰って植木鉢とご対面する。座布団も敷かずにあぐらをかいて、逆光条件下で影ばかりになった植木鉢をギロリ。まさに沈黙とにらめっこだ。
勝ったのは植木鉢だ。木造二階建てのボロアパートにふさわしい、飾りっ気のない素焼きの植木鉢と対峙すると、ここに住まう妖精とやらがいたとしても、そいつはきっとおとぎ話に出てくるような、かわいらしい妖精ではないだろう。赤い花が咲かなければ姿を現さないだなんて、偏屈で堅物な妖精にちがいない。そう思うと、花を育てる気がそがれていく。オレの負けだ。
ただしオレには、三ヶ月の葛藤と、男としての挟持がある。やすやすと無条件降伏とはいかない。妙な植木鉢に花を咲かせる以外にも、今の俺には第二の目的がある。
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