付喪神専門店

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「あなたの本は?」 「えっ?」  初めて、少女が冷静さを失ったように見えた。自分で驚かせておきながら無理もないと思うが。 「付喪神の記憶を本にできるのなら、あなたの記憶も本にできるんじゃ?」  困惑した表情を見せながら、まあ……と口ごもる。 「もちろん、勝手は同じでしょうから、可能ですが……」 「あなたの本もほしいというのは、だめでしょうか?」  彼女は少し迷いながらも、わかりましたとうなずいてくれた。 「少し待っていてください。持って参ります」  五分ほどで彼女が本棚から持ってきたのは、身に付けている着物と同じ朱色の本。 「ありがとうございます……!」 「これは、家に帰ってから読むようにお願いします。今はこの道をまっすぐ、振り向かずに歩き続けてください」  家が連なる一本道。その先はかすんでいてよく見通せない。改めてここが本来なら辿りつけるはずがない場所であると理解して、同時にもうここへ来ることはないだろうと気づいた。 「本日は付喪神専門店にお越しいただきありがとうございました。懐中時計は必ず、大切にさせていただきます」  その言葉に微笑んで、店の外へと足を踏み出した。振り向かない。少女に言われたように、帰ることだけを考えて歩き続けた。  気づけば祖父の家の前の通りを歩いていて、はっと振り向く。しかしそこには、見たことのある道が続いているだけだった。二冊の本はしっかりと抱えていて、さっきまでの出来事が夢ではないことを教えてくれる。  空は暗くなりかけていて、家に帰るとお母さんからかなりきついお怒りを受けてしまった。なんとかごまかして、逃げるように寝るときに使っている部屋にこもる。一つため息をついて、本を読もうと椅子に腰かけた。  懐中時計のほうは一旦置いて、少女が最期に渡してくれた本を開く。  しかし、そこには何も書かれていない。次も、その他のページも全て白紙だった。 「どうして……」  もしかして、あの場所でないと読むことができないのだろうか。だとしたら、懐中時計の本も……。  ふいに少女の声が聞こえてきて、深緑色の本に伸ばしかけていた手を止めた。 『私の本を欲しいと言っていただきありがとうございます。本当はきちんと記憶をお渡ししないといけないのはわかっていたのですが、声を残させていただきます。申し訳ありません』  お店で聞いていたよりもいくらかやわらかい声音。 『……ですが、きちんと過去のこともお話させていただきます。店主とは話さなかったと言いましたが、本当は何度か言葉を交わしたことがあるのです』  それを聞いて静かに机に本を広げてしっかりと座りなおすと、それを待っていたように少女の声は語り始めた。
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