第2章 共同作業

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ムッと獣のにおいがして僕達はお互いマスクの上から鼻を覆うように手を咄嗟に宛がうと、暗闇から一匹の子猫が身体を不自然に揺らしながら覚束ない足取りで現れたのだ。それは普通の猫より異常に発育が乏しく見窄らしい毛並みを持ち、眼球だけがやたらとハッキリと美しい猫だった。耳を垂らし、低い鼻を彼女の血で汚れた長靴に擦り寄らせてニャアニャアと泣きじゃくり決して怯える様子はなかった。 「かわいい…」 「よせよ。愛着が沸くぞ。無闇に触ったりなんかしたら」 彼女は擦り寄ってきて甘えがちな小柄な猫をすかさず抱き寄せて彼女の手の平ほどにしかない顔を包むようにして撫でている。よせったら、と僕が警告すると、彼女はいつものように悪戯っぽく笑い僕を揶揄うと思っていたのに、突然猫を抱きすくめたまま静かにスンスンと泣き出したのである。僕は狼狽し、彼女が涙する責任が僕に向けられる事を大変恐れ、なるべく穏やかに親しみを込めて彼女の傍らに腰を屈めて、どうしたんだい、と尋ねた。 「とても言えるような事じゃないわ。言えるようなことじゃない」 彼女はすっかり憔悴しきったように目を充血させていて、丸みのある頬に涙を垂らしているのを見た。僕はさっぱり見当もつかずただ側に寄り添い呆然としていると、不意に彼女は長く滑らかな指先で顔を覆って俯いてしまった。僕は、ああ、あの時彼女はこのように泣いていたのだろうか、とあの日を連想させて心を貧しくさせていると、彼女はくぐもった声でしおらしく静かにこう言った。 彼は猫たちがあんな風にされるのを黙って見ていられない。私も全くその通りなのよ、彼は自ら企画した「猫の缶詰め」を長い間気に病んでいたわ。そうして私達はよく3人でそのことについて熱心に語っていたわ。社長は会社を潰して猫たちを自由にすることを提案したけれど、私の婚約者はそれに猛反対だったのよ。社長の立場を降りてもらって、次なる社長の権利を自分のモノにしたがっていたから、会社を潰されたらひとたまりもないのよ。彼らはそれについて激しく口論していた。私たちはそれについて実に長い間、全く同じような会話を繰り返していた…あぁ、私は恐ろしいのよ、彼が、彼が恐ろしくて堪らないのよ。
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