第1章 猫の缶詰め

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僕はそれを聞いて笑い出してしまいそうだった。僕の気持ちを弄んで陰で嘲笑っていた人間が今更言えるようなことか?君は一端の善人被れをしているけれど、本質は全く違うだろうなあ。僕は新しい猫の丸い頭を掴んでナイフを突き立てると、どの猫もまったく同じような死骸になるのを見た。それらはいつまでも僕の手のひらを汚し続けた。 「この猫がかい?これが君の心を痛めるかい?僕が本気で君に惚れて口説いてる時、そうやって君は心を痛めていたのか?違うだろうなあ」 彼女はか細く僕の発言の制止を求め、僕は尚更惨めに、愚か者になる心持ちがした。洗面器の水はすぐに汚れるので、僕は苛立って乱暴に床に水を流し込むと、僕らの長靴が益々汚れる気がしてひどく嫌だった。排水溝に水はゴボゴボと流れていて所々薄いクリーム色の床は赤いシミがこびり付いていた。 「僕はてっきり君が社長でも誑し込んで、この今にも国民食になりそうな商品の特権を全て自分の物にするんじゃないかと思っていたんだ」と、僕は益々惨めになって言った。社長を誘拐でも殺害でもなんだってその気になれば出来るだろう?君は前から彼に気に入られていた、と僕は怒りのまま言ってやりたかったが、それはまったく僕の憶測でしかない彼女への言い掛かりであり、エゴイストだった。彼女は俯いて、しかししっかり猫を段取り良く捌くのを止めなかった。僕たちはビニール製のエプロンを掛けていたが、それが水たまりに置きっ放しだった虫取り網が天日干しになったような匂いをツンと立てた。
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