忘れられない愛の唄

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開かれたページの右上には【数学Ⅰ・A】と書かれていた。センター試験の範囲ならなんとかなるだろうかと錆び付いた記憶を掘り起こす。 シャープペンシルを取り出してカチカチと鳴らす私の横に、蒼良がちょこんと座った。 「ちょっと私も自信ないから一緒に解こ」 「ん」 「っていうか私よりもウミよりも、可愛い彼女に聞けばよかったんじゃ」 「成音(なりね)には……」 学年トップの秀才彼女を話題に出され、蒼良は苦く笑った。ガールフレンドにはカッコつけたいという、一応彼なりの矜持があるらしい。 そんなところが情けなくも可愛らしい、と恋愛偏差値がすこぶる低い自分は思うのだ。弟バカだと自覚はある。 「しっかし、メジャーデビューするのに大学受けるんだねぇ」 「そりゃ音楽一本で生きて行けたら幸せだけど、何事も経験だと思うからさ」 例題を一緒に解きながらぽつりぽつりと会話する。 「歌詞を考えていて、思うんだ。もっといろんなことを知りたいなぁって。詩集なんかを読んでると、みんないろんな知識や経験から言葉を創ってるんだって思うから」 「ふぅん……」 シャープペンシルを口許に添えて、んー……とうなっている弟の横顔を眺める。 ふと思いついた質問をぶつけてみた。 「ソラ、あんた成音ちゃんのこと好き?」 「……数学教えてくれる気あんの、リク姉」 「ない」 即答すると脱力したらしく、蒼良はひとつ息をつくと参考書から目を離してこちらを向いた。 からかっているわけではないと気付いているのだろう。瞳に静かな炎が灯っている。
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