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「焦っていたら、治るものも治らないよ。先生が言っていたんでしょ? 落ち着いて、何回も右手に命令をする。ほらっ、やってみ」
隼がしぶしぶ瞼を閉じる。私は隼の腕を擦り続けた。
ぶつぶつ呟く隼の声がする。私はそっとその音をなぞる。
「大丈夫。落ち着いて。大丈夫。動かないで。大丈夫。落ち着いて。大丈夫。動かないで」
隼がうちに来る前は、隼のお母さんがしていたこと。
「大丈夫。落ち着いて。大丈夫。動かないで」
今は、私がしなきゃいけないこと。
しばらくして、隼がぐったりと体を反転させた。右手は収まっている。私は強く圧迫していたせいで赤くなった手を撫でた。
「ミルク、飲むでしょ?」
隼が小さく頷く。
「膜、とる?」
「うん」
今度は声を出してくれた。でも、高音だ。
「今日は部活休めば」
「行く」
こういうとき、私は疲れ切った隼が、私と自分の母親を混同しているのだと思う。隼の声の甘さとか、幼さとか、仕草の一つ一つですら、安心しきっているのがわかるのだ。きっと隼は今、とてつもない幸福に包まれている。
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