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パン屋の主人に追い払われ、老婆はよろよろと路上に立つ水銀灯に身を寄り掛からせる。
げっそりとやつれ、痩けた頬。瞼はくぼみ、眼球は今にも落ちそうな程に飛び出している。
老婆は空腹で霞む目を凝らし顔を上げた──
「あ……」
小さな力のない声が漏れた──
何かを見つけた目が異様に輝き、老婆は力を振り絞って見つけたそれを目掛けてよたよたと歩み出した。
「──…っ…バカヤローっ死にたいか!」
左右を行き交う馬車の運転席から罵声が飛び交う。
朝の荷馬車が市場への道を急ぐ中、老婆は周りを見ずにそれだけを目にして車道に飛び出した──
一台の馬車が猛スピードで向かってくる。
運転席に座る大きな男は馬に鞭を入れると一気に馬車を加速させた。
硬い岩にぶつかったような衝撃が車内の後部席に伝わる──
「………済んだか…」
「はい……」
中から尋ねる主の声にヴコは低い声で唸るように返事した。
「だ、そうだ…」
いつの間にか隣に居座る黒いマントの老女はグレイに言われて頷くと、手にしていた紙に何やら文字をさらりと書き込んでいた。
“リモーネの御霊──…回収済”
書いた文字は紙からスウッと消えて白紙に戻る。それと同時に老女も姿を消していた。
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