第一話 1

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第一話 1

昼下がりの柔らかい陽光が家々の壁を揺らしている。 春を迎えようかというこの時期ならではの少し強い風も、私の歩みを止めるではなく心地よさを与えてくれた。 村の中央を走る道は整備されているとはお世辞にも言い難いが、歩く上で支障があるほどでもない。毎日の様に通う私の愛する道だ。 目的地は程なく見えて来た。木造の多い村の中でも珍しい煉瓦による建造物、緑色の屋根が特徴的な図書館である。 「あら、ポンさんこんにちは。今日は少し遅い時間なのですね」 扉を開けると、司書のメリッサがいつもの様に微笑み掛けてくれる。彼女は分け隔てなく接してくれる村人の一人だ。私を、と言うよりも本が好きな者に対して偏見が無いのであろう。 「ああ、君のお奨めはとても良かったが、読むのに少し時間が掛かってしまった」 彼女は口元に手を遣り楽しそうに笑うと、苦笑しつつ本を差し出す私の手から返却物を受け取った。 「そうそう、魔術関連の棚に新刊が入ったんですよ」 今日のお奨めを尋ねる私に、メリッサは音の鳴らないよう軽く手を叩きつつそう答えた。図書館だけに騒音には気を遣っているようだが、残念ながら私達以外に利用者は居ない。恐らく癖になってしまっているのであろう。 受付のカウンターへと本を置き返却処理を始めた彼女に礼を言い、私は得た情報を元に魔術関連の棚へと向かう。そう大きくない図書館だけに迷うようなことはない。魔術を得意とする私だが、それは生まれつき魔術が使えるというだけであり魔術の知識を得られる場所というものは意外と少ないのだ。例外なくここの棚も既に網羅している。そしてそこに新刊が入ったと言うのならば、見逃す手は無いのである。
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