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まさにお嬢様は蕾から花が開いていくように、日増しに美しくなられていかれました。
この世の春の謳歌…そんな表現がピッタリでございましょう。
ですが、奥様は慎重でした。
非常に聡明で利発な方でございましたから、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる事を、奥様はよくご存じのようでした。
「レティシアや、よくお聞き」
ある日奥様はお嬢様をお呼びになりますと、真剣な眼差しで諭すようにお話しを始めました。
「はい、お母様」
お嬢様は素直に奥様に向かい合います。
「いいですか?レディは貞淑でなければいけません。ですが殿方は色々な花を愛でる事がお仕事の一面もあります。妻以外の女性と恋愛を楽しむ事も大いにあり得るでしょう。
殿方とはそういうものです。時に、見目麗しいメイドに手をつける事や、どこかのご令嬢と楽しむ事もあるでしょう。そんな時でも、妻であるあなたは平然と、そして笑顔でいなければなりません。みっともなく取り乱したり、泣いてすがったりなどしては殿方のお心は益々遠のいてしまいます。妻とはそういうものです。そうすれば、仮に殿方が亡くなってもあなた自身とあなたの子供たちは生涯困る事はないのですから」
と奥様は締めくくられました。
お嬢様は大変ショックを受けられているご様子です。無理もありません。今まで知らなかった、いや知らされてなかった真実を目の当たりにされたのですから。
奥様は愛し気に左手でお嬢様の頭を撫で、そして右手でお嬢様を胸に引き寄せます。
「……ごめんなさいね。できればこんな事知らないまま、あまたには生涯過ごして欲しかったけれど……」
そう言ってお嬢様を抱きしめます。
「……お母様も、お母様もそうやって……」
お嬢様は目に涙を浮かべ、問いかけます。ですが最後まで言えないご様子。奥様はお嬢様の頭を引き続き左手で撫でつつ右手は少し力を込めて抱き締め
「殿方とは、そういうものです。そして妻とはそういうものです!」
静かに、されど迷いなくハッキリと言い切られました。
「お母様!」
お嬢様は嗚咽をあげ、奥様の胸に顔を埋めます。奥様は愛し気に愛娘を見つめ、両手で強く抱きしめられました。そして
「あなたにご加護を」
と、そっとエメラルドの指輪を差し出されました。
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