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「んで、追っ払わなかった、と」
「だって、放っておけば利益になる獣だぞ」
「はあ?」
「だって、農作物荒らすって困っているイノシシとシカが減るんだぞ。蒼竜自体は畑を荒らすことはないし、危害さえ加えなければ、人間にもなつく。だいたい、他の地域のどっかの誰かがこんな剣をぶっさすのがいけないんだろ?」
「いや、そうなんだが」
ここは傭兵ギルドの仕事斡旋所だ。その中にあるふかふかのソファのある部屋にいる。目の前にいるのはギルドマスター。筋肉ゴリゴリのおっさんだ。強いらしいが、戦っているところを見たためしがない。最近、白髪を抜いて叱られた。
「なあ、ジーク。お前、これで住民が納得すると思うか?」
「シラネ」
「シラネ、じゃないだろうがよおおおお」
「ううん。ま、竜も巣を作れそうな場所ではなかったから、気が済んだらどこかに移動すると思うぞ」
ギルドマスターがプルプルと腕を振るわせている。何か失言をしたつもりは全くないのであるが。
「もう分かった。ただ、お前は任務通りに働いていないから、今回の成功報酬は半額だ!」
「はあ?」
嘘だろ。と言いかけたが飲み込んだ。お金が半額。暴れていた竜を何の被害もなく収めたのだから、むしろ上乗せをお願いするつもりだったのだが。ここでごねたところで、成功報酬はさらにさがるだけだ。っち。権力ばっかり持ちあがって。
「はあ? じゃない。成功報酬を出すだけありがたいと思え!」
とりあえず成功報酬をもらうと、ギルドから追い出された。今は営業時間外だとよ。なんだそれ。
石畳の上を歩く。竜討伐をしようとした奴のせいで、防具に竜の血がこびりついてしまった。母さんが見たらまた小言を言われかねないから外した。
町の真ん中にあるシュタット領主家の中に入ると、今日も母さんがいた。今日は執務の手伝いをすっぽかしていないから、いるのも不自然だ。
「あなた、竜を討伐してきたのよね」
げ。どこでそんな情報。あ。近くに住んでいる母さんの友達か。あの人、傭兵ギルドで事務というより、若者の監視をしている。どうせまた、お宅の息子はしゅごいでちゅわねー(棒読み)でもかましたのだろう。本当に迷惑だ。そもそも俺は討伐などしていない。
「いえ、母さん。私は竜を討伐など行っていません。森での任務ではあったのですが」
「じゃあ、その防具はなんなのかしら」
「いえ、これは」
説明するのも面倒だ。
「もう辞めて頂戴。あなたはシュタット家の一人息子で跡取りなのですよ」
分かっている。そんなことは。
「ごめん、母さん。父さんのところに行ってくる」
「ジークヴァルト!」
そんなことよりも、この家の税金の取れなさを考えてくれ。もし税金が取れて、荘園と主君からの給料でなんとかやっていけるのならば、俺だってこんなことはしない。騎士道にまい進し、領地経営の補佐を一生懸命する。
実際はどうだ。数年前に流行った黒死病で大変な数の人間は死ぬし、薬剤を作っていた人は教会の異端審問にかけられて処刑される。人口が減って荒地も増えて、領地経営は火の車だ。頭の良かった兄さんは黒死病で死ぬし、父さんは呑気だし。
こんな状態で傭兵辞めたら、うちは食べていけるとは到底思えない。
はあ。金欲しい。
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