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『いいこと、貴女は女に生まれたの。それで道具みたいに扱われることが嫌だと思うかもしれない。それでもね、貴女だからできることだってあるはずよ? 悔しいならギャフンと言わせてればいいのよ。女にしかできない方法でね。それで言ってやりなさいな』
「あんたたちが下に見ていた女に、こんな翻弄されてしまって。いい気味ですこと」
記憶の中で響く彼女の声に合わせて小さく呟く。その響きがおもしろくて小さく笑ってしまう。なんて彼女らしいのだろう。女であることをいつも誇っていた。男性に守られ様なんてこれっぽっちも思っていなかった。自分の人生は自分のものなんだから、この手で切り開くのだと言っていつも前を向いていた。
どこまでも眩しい人だった。いつも目の前のことに全力だった。この国で初めて、女性社長になった。初めは大量のバッシングを受けてもそれ以上の結果でいつも返していた。従業員は全員女性、女性のための会社だった。もちろんそんな目立つことをするからメディアも彼女を追いかけていた。
ブラウン管に映る彼女は白黒だったけれど、自慢の赤毛は綺麗にカールされていたし勝気な切れ長の瞳は画面越しでもわかるくらい爛々と輝いていた。それを屋敷のリビングで見るとき、私は彼女の隣にまた立つことができるのだろうかと思っていた。
彼女はもう、遠い人になってしまったと思ったのだ。私の助けなんていらない、私なんて見向きもしない。そんな暇もなく、彼女は一人で歩いていけるのだと。それは同じ「女性」としては嬉しかったけれど旧友としてはどこか寂しくも思っていた。
「貴女は昔から嘘が下手くそでしたものね。あのときだって本当はお辛かったのでしょう? 真っ青な顔色を化粧で隠して、疲れを宝石で欺かせて、怯えを笑顔で拭い去って。貴女はいつも強くあろうとした」
突然の辞任発表をした彼女は、その足で私の屋敷に訪れた。クラシックカーを走らせて何の連絡もなしにやって来たけれど、会見映像を見ていた私は「ああ、きっとここに来るのだろうな」と確信めいたことを思っていたのだ。だから急いで蜂蜜をたっぷり入れた濃いめの紅茶を作り、バターとジャムが練りこまれたクッキーを用意して待っていたのだ。
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