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そしてその予想通り、会見からちょうど一時間経った頃に彼女はやってきた。フロントガラス越しに見えたこわばった表情が今でも目に焼き付いている。ああ、太陽がかげってしまったと思ったことも覚えている。それくらい彼女は憔悴しきっていた。ふらつく足で外に出たアンナさんは何も言わず私を抱きしめ、それから「レイラ」と私の名前を呼んだ。その響きだけで、どれほど私は嬉しかったことか。何て甘い響きなんだろう。彼女がその言葉を口にするだけで、私の名前を呼ぶだけで、どれほど私は幸せになれるだろう。彼女の持つ不思議な魅力は出会って三十年経ったその時も変わってはいなかった。
暖かい屋敷に招き入れ、差し出した紅茶をたっぷり三杯飲み干した後にアンナさんは重苦しそうに唇を開いた。
『……私、もう直ぐ死ぬんだそうよ』
『そうだと、思っていたわ』
『驚かないのね』
『ええ。それよりも、寂しいという方が強いかしら』
彼女が自分の意思で後退しようとするなんて、きっとそれくらいしか理由がないと思っていたからだ。自分が突然いなくなっても大丈夫なように、まだ生きている間に職を譲った。彼女は生涯誰とも結婚せず、子供はいなかった。それでも彼女を慕う人々は多くいたし、後継者もきちんと育てていたそうだ。
だから何も思い残すことはない。自分はやるべきことをちゃんとやった。だからもう、後悔なんてあるはずがない。そう思って執務室を出て、会見に臨んだそうだ。なんて誇らしく、なんて凛々しいのだろうか。会見の際、彼女が発した言葉に何の迷いもなかった。その目はずっと未来を見つめていた。これから先、きっと自分の目では見られないかもしれないけれど、それでも必ず訪れるであろう輝かしき未来を。彼女はずっと見つめていた。
『それでもね。ずっと私の中に引っかかるものがあったのよ。遺していく家族はいない。会社もきっと大丈夫。なのに、なんでかしらね。このままじゃ旅立てないと思ったの』
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