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『アンナさん……』
それが私だったのねと、言うことはなかった。言わなくてもわかったからだ。全て伝わってきた。代わりにそっと手を伸ばして彼女の手を握った。
記憶の中にあった、ふっくらとして大きかった手はいつの間にか乾燥してひび割れていた。かさついて、肉もそげ、ああ、ああ、いつの間に彼女はこんなにも死に近づいてしまったのだろうかと、その事実に涙が溢れそうだった。
それでもまだ泣いてはいけない。だってまだ、彼女は私の前にいるのだから。手を伸ばせば触れられるのだから。こんなにも彼女は、命を燃やしているのだから。
だから私もまだ泣いてはいけない。そう、笑おう。いつまでも。彼女が安心して旅立てるその日まで。絶対に涙はこぼさない。
震える唇を無理やり動かす。引きつりながらも笑顔の形を作った口からは自分でも笑ってしまうくらいみっともない声があふれた。
『いつでも会いに来てくださる? もうお仕事もないのだから、昔みたいにまた遊べるのでしょう?』
『遊ぶって、レイラ。私は病気で』
『だからこうやってお話をしましょうよ。私は外で流行っているような遊びを知らないから、こんな方法しかできませんけれど。でも、いいでしょう?』
それからアンナさんは困ったような、嬉しいような、泣き出しそうな顔で笑って『親友の頼みなら、しかたないね』と言ったのだ。
それから一ヶ月も経たずにアンナさんは一人で旅立っていった。誰にも見取られることなく、誰にも気づかれることなく、私に挨拶もせず。眠るように息を引き取っていった。
「また遊んでくださると約束したのに。ひどい方よね、貴女も」
墓標の前に抱えていた花束を置く。彼女が好きだった真っ赤な薔薇だ。こんな暗くて悲しい場所には不釣り合いなほどに美しく咲き誇っている。毎年この日、アンナさんが居なくなった日には一人でここに来ていた。そしていつも、必ず十本の赤い薔薇を持って。それも今日で十回目だ。もうそんなに時間が経ってしまったのか。彼女と出会ってから四十年。それでも、今でも一緒に過ごした時間を忘れることはない。あの日々は確かに私の道を照らす光なのだ。
ドレスの裾が汚れるのも構わずその場にしゃがみ込む。左手でアンナ・オフィーリと刻まれた文字をなぞった。
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