一、四門出遊

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 しかし、父王は、前妻の真綾のことを深く愛していたので、百迦の方を嫡男として扱おうとした。時として、百迦に優しい言葉も掛けたりした。  そんな百迦を、ますます疎ましく思い、真葉端は百迦に冷たくするので、百迦は少年時代、母親の愛情を、ついぞ感じることが無かったのである。  今日の天気は、快晴であった  百迦は、目を閉じて静かに座していたが、今日は、どうも心が纏まらず、過去の記憶を感じていた。  十迦が百迦と遊んだときに、遭難して行方不明になったときのことを思い出していた。百迦が十五歳の夏だった。  百迦は、身体を動かしたくて、その日、城の付近の森から山に行った。山の麓まで単馬で飛ばし、そこから徒歩で少し登るつもりだった。しかしそのとき、十迦が、何を思ったか、百迦に付いて来たのである。  百迦は、馬を止めて、十迦に引き返すよう説得した。お前は、まだ幼いから危ない、家に帰って待機していろと、何度も言い諭した。しかし、十迦は頑として譲らず、もう馬も乗れるし、自分で何でも出きるから登る、と言って聞かなかった。  粘る十迦に遂に根負けして、それなら、自分のことは自分で責任持て、と許してしまった。百迦もまだ幼く、ことの危険性が判っていない上に、十迦ももう十二になるし、ある程度のことは出来るから大丈夫だろう、と油断したのである。  馬を山麓に並べて繋ぎ、そま道を歩き出したまでは良かった。しかし、十迦のことがあまり好きでなかった百迦は、ろくに十迦のことを気に掛けずに、自分勝手に登ってしまった。山には、そま道が付いており、それを辿れば滅多に迷うことはない。否が応でも、同じ場所に着く。十迦のことはあまり心配もせず、自分で判断できる歳であると高を括り、十迦の判断力に任せた。  開けた高台に着き、華平城の方を見やると、城壁が強い陽光に紅く染まっていた。反対のほうを振り返ると、尾根の続きの遙か高く奥に、御高際岩山神の座、暇羅山の独峰が白雪を冠していた。その日の独峰は、輪郭が老人の静脈のように、嫌にくっきりと浮き出て、なんだか不気味だった。
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