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決めたのは、その少し広めのクローゼットが理由だった。
高さは1m半程しかないが、人が二人くらい余裕で入れる広さがある。
そして決定打はやはり安さだ。
同じ条件の物件と比べて格別に安い。
引っ越しの荷物を解き、服を入れようとクローゼットのドアを開けて屈むと、奥の壁の天井近くに張り紙が見えた。
見学の時は奥まで見なかったから気付かなかった。
何と書いてあるか確認しようとクローゼットに歩み入る。
全身が中に入ると、パタリと音がして真っ暗になった。
これが安さの理由だと不動産屋は言っていた。
床が僅かに傾いている為、自然にドアが閉まってしまうとの事だった。
押さえて置くのも面倒なので、スマホを取り出し明かりをつけて張り紙を確認する。
「……うーん」
薄暗いのに加えて剥がれた部分が丸まっていて、何と書いてあるか判別できない。
剥がれた部分を引っ張ってみると、パリッと全部剥がれてしまった。
丁度良いので近くに寄せて判別してみる。
「あっ」と声が出てしまった。
読めないはずだ。読めない文字で書かれている。
これはいわゆる御札というものじゃあないのか?
事件や事故があっただなんて聞いてないぞ。
本物か、これ?
考えていると、突然スマホが振動した。
メール着信だ。
開いてみると
『あ り が と う』
とだけ書いてある。
【From:】の欄は空白だ。
「誰だよ……」
スッと光が差し込んだ。
クローゼットのドアが開こうとしている。
そんなはずはない。
ここは建物が僅かに傾いていて、ドアは閉まってしまうはずなのだ。
物理法則に逆らってまで開くのは何故か?
慌てて取っ手を掴んでドアを引き戻した。
バタン。
一瞬の静寂の後、向こう側の取っ手に力がこもるのを感じた。
グイッと扉が開く。
力いっぱい引き戻す。
ガン、ガン、と開いては閉じ、開いては閉じの引っ張り合いが繰り返される。
その隙間は、実際にはほんの1cm程度ではあったが、恐怖心が何十倍もの広さに感じさせた。
何かが入って来るには十分な広さに思えた。
引く感触に違和感を覚えて手元を見ると、引っ張り過ぎたせいか、取っ手のネジが緩んでガタついている。
光の差し込みでその姿が表れる度、取っ手のネジが緩んで広がって行く気がする。
やばいやばいやばいやばい……!
ピタリ。
と、ドアの動きが止まった。
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