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ガシリ。
頭を掴まれた。
横からガッチリと固定されている。
力を抜いたらこのままぶら下がってしまいそうだ。
横を向けない。視線さえ動かせない。
もう少しだけ横を向ければ見えるのに。
確実に居るのに、触れられているのにその姿を見る事が出来ない。
黒い気配が目の端に迫り、耳に触れるほどに近づく。
ソレは男か女かも判別できない、干からびた骨を砕く様な声を発した。
「で て き た」
頭から、徐々に何かに包み込まれて行く。
瞼の上まで飲み込まれた。
ガチャリ。
「じゃーん!手伝いに来ちゃったー」
それはクローゼットではなく玄関のドアが開かれる音だった。
「こんな優しい彼女が居るなんて幸せものだぞー。……あれ?何やってんの?」
黒い気配は無くなっていた。
「何?お風呂に入ったの?頭びしょびしょ。タオルどの箱?」
「開けるな!」
「……何よ~」
突然の怒鳴り声に彼女は面食らった。
「引っ越す。すぐに引っ越す」
「はあ?」
「あの不動産屋、ぶっ飛ばしてやる」
「何?水漏れ?」
彼女が天井を見るが、水漏れが見付かるはずもなく。
「汗だよ!……ちくしょう、あの野郎、ぶっ飛ばしてやる、ぶっ飛ばしてやる」
ぶつぶつ呟きながらポケットを探るが、探し物は見付からない。
ハッと気付いて隙間の開いたクローゼットに目を向ける。
「……あの、お願いがあるんだけど」
「何?」
「クローゼットにスマホが落ちてるから拾ってきて」
「は?」
「大丈夫大丈夫、入り口だから。ドアは俺が押さえてるから、ギリギリセーフ」
「何が?」
「いいからいいから、何かあったら絶対俺が守るから」
「何なの?」
守るという言葉とは裏腹に、彼女をぐいぐいとクローゼットへ押しやった。
完
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