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校内に響くチャイムが、お昼の休みを告げる。
にわかに騒がしくなった教室で、大きなお弁当袋を手に下げた恵が更紗に声をかけた。
「さーららんっ。ごはん食べよ」
「うん」
更紗は小さなお弁当袋を胸に抱いて、恵と一緒に中庭へと向かった。
中庭には先客がいた。
「あら、御機嫌よう」
コッペパンを優雅に千切っていた手を止め、綾音はにっこりと微笑んだ。
(えーと、……どうしよう)
御機嫌ようと言われて、一体どういう返事をすればいいのだろう。更紗は困ってしまった。
熱を帯びてきた頭で必死になって考える。大好きな小説の冒頭部分を思い浮かべると、答えはすぐにでた。
「ご、ごごごごご――」
道路工事が始まったわけではない。言葉がでないのだ。
この世に生まれ落ちてから十六年、そんなお嬢様言葉はごっこ遊びでしか口にしたことのないウブな更紗。ましてや、憧れのお姉様の前なのだ。緊張しないわけがなかった。
(あーもぅ、どうして『御機嫌よう』って言えないのぉ)
そんな更紗の葛藤を知る由もない綾音は、不思議そうに顔を傾げた。
「綾音せんぱい、こんにちは」
さらっと、恵が『御機嫌よう』を『こんにちは』で返した。
(あ、それでいいんだ)
更紗は、なんだか拍子抜けしてしまった。
恵に続けるようにして、更紗も「こんにちは」と声にだした。
そんなこんなで、三人の昼食が始まった。
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