我が家にたまごがやってきた。

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3月。冷たい雨の降る今日は、”たまご”の収穫祭。昨日どの部屋にも灯りのついていないマンションの自室の鍵を開けた時、郵便受けから押し込められていたチラシが床に滑り落ちた。薄暗い味気のない玄関でヒールを蹴り飛ばすように脱ぎ捨てて落ちたチラシを拾い上げた。 《3月の雨の日限定!たまご大・大収穫祭!”お子さんもお年寄りも大歓迎”》 あなただけの”たまご”収穫しませんか?  この町で収穫される”たまご”には二種類ある。 普通の農園で育てられている「食べる」為の鶏卵と国から認められたわずか2施設でのみ、栽培されている「育成」用のたまご。後者はどういう仕組みか分からないが施設内にある樹木になる卵をもぎとり自宅で孵化させる。収穫方法はただもぎとるだけなので子供でも簡単にできるとお手軽さが人気だ。だが、簡単な収穫だがお値段は決してお手軽ではない。たった一つのたまごで、5000円もするのだ。その高額さには訳がある。その訳とは、たまごはもぎとった人の心を読み取りその人の望む姿かたちで産まれてくる。例えば、少女がたまごをもぎとった時に【ウサギが飼いたい】と思っていればそのたまごはウサギの姿で産まれてくるのだ。どんな生きものにでも変化することのできる不思議なたまごが高校生の一か月分のお小遣い程度で手に入れることが出来ると考えればお得っちゃお得なのかもしれない。が、自分はなかなかそれを手に入れる気にはならないでいた。  コポコポと沸かしたヤカンからお気に入りの水玉のティーカップに紅茶とお湯を注ぎ、チラシを眺める。今の自分が収穫祭に参加したら何が産まれるのだろう。物欲も少ない自分、自分の希望すらよく分からない。休日は大抵自室でのんびりくつろぐ生活、生きものでもいたらこの平凡な毎日が少しでも刺激的に変わるのだろうか。テレビで流れる明日の天気予報に耳を傾けた。明日の予報は雨だ。収穫祭は催されるだろう。さて、自分のたまごはどんな姿をしているのだろう。少しだけ、明日が楽しみになった。
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