第四章 葬送行進曲

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「あなた、ちょっとお願いがあるの」 と、そこへコンスタンツェがニッセンに声をかける。彼女はもうニッセンのことを、夫を呼ぶように「あなた」と呼んでいた。 「ベートーヴェンさんと二人きりで話をさせてくれない? 少しでいいの」 「今から二人でどこかへ?」 「いいえ、この家の中でいいわ。すぐ帰ってもらうから」 コンスタンツェは、ニッセンにせがむ。ニッセンが優しく「いいよ」と言うと、コンスタンツェはぼくを隣の部屋に連れて入った。 「急にどうなさったの? こんなことをすれば、もう会えなくなるのに」 コンスタンツェは極めて小さな声で言った。 「モーツァルトの何かを手に入れたくて、いても立ってもいられなくなったんだ。ダイム伯爵邸のデス・マスクは偽物だったし、自筆楽譜も手に入らない」 ぼくは今にも泣き出しそうだった。ニッセンを見て、これは敵わないと思ったからだ。コンスタンツェも、フランツも、手に入らない。ぼくはモーツァルトとの接点をすべて失ってしまうのだという絶望感に苛まれていた。 「ベートーヴェンさん、しっかりなさって。あなたはいつまでもそんなことをやってはいられないはずよ。あなたをそんなふうにしてしまったのには、わたしにも責任があるわ。でも、あの絵を渡したでしょう? 『モーツァルト葬送』」 「あれは……実はまだ見ていないんだ。彼女の死を想像するのが怖くて……」 「まあ。あなたの中でモーツァルトが弔われるようにと、あの絵をさしあげたのに」 「ウィーンに来てから今までのぼくは、ぼくであってぼくじゃない。彼女の影だったんだ」 「どうして? あなたがそんなふうになっていては駄目じゃないの」 「どうしてもモーツァルトから離れられないんだ。そのうち忘れられると思っていたけど、またこの町に来てしまって、彼女の音楽を聴くにつけ、もうどうにもならなくなった。彼女に魅了されてしまったんだ」 「ベートーヴェンさん」 コンスタンツェは悲しげな瞳でぼくを見た。 「わたしとニッセンは、この地を去るときには結婚するの。彼があなたと同じように、モーツァルトの面影を追ってわたしと付き合うのであっても、わたしはそれで構わない。なぜだと思う?」 「!」 ぼくの心はすべて見通されていた。ぼくの気持ちが全く彼女にないわけではなかったが、モーツァルト恋しさに彼女を抱いていたことも、彼女はちゃんと知っていた。
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