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「…蝉が?」 芹岡が妙なことを聞いてきた。 辺りはだんだんと暗くなっていき、芹岡の顔がぼんやりと見えた。 「蝉? あ、いや…。 さっきからうるさいですけどね。 蝉じゃなくて…起きた事件が。」 芹岡は無言だった。 「蝉が… 怖いんですか?」 そうっと聞いた。 芹岡は手元の缶ジュースを見つめている。 「蝉ってさ、雄がここに自分がいるって知らせる為に鳴いてるんだって。 その中に紛れて鳴いているやつもいるんだと思う。」 何を言っているのか分からなかった。 芹岡の声色が低くなり、続けた。 「大群だと、そいつを見つけるのが大変だった。 羽根をとっても、鳴き止まなかった。 腹を潰したら、やっと鳴き止んだ。」 意味は分からないものの、気持ちの悪い発言に生唾を飲んだ。 すると背後の木から、一匹の蝉が鳴いた。 芹岡は驚いたようにブランコから立ち上がり、 「ごめん。 今の忘れて。 もう暗くなってきたし、家まで送らせて。」 と私に手を差し伸べた。 手を掴み、立ち上がった。 缶ジュースを持っていたからなのか、その手は冷たく感じた。 公園を離れ、帰路に着いた。 公園にいた蝉たちは、私の後ろ髪を引くように鳴いていた。 「俺のこと、知れた? 気持ち悪いだろ?」 「意外と、根暗なのかなって。 でも、そんな先輩が好きですよ。」 「ははっ。 意外とってなんだよ。 」 二人は目線を合わせ、笑った。 「…でも、芹岡先輩の気持ち、分かります。 話してくれて、ありがとう。」 芹岡の腕を強く掴んだ。 「そんなこと言ってくれるのは、優美ちゃんだけだ…。 また今度は、優美ちゃんのこと、教えてよ。」 私は頷き、家へ着くまで腕を離さなかった。
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