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久しぶりにギターを担ぎ、バーへと電車を乗り継ぐ。各駅停車に乗ったからか、車内はガランとしていた。
「母さんが死んだあと」
ぽつりと言われた言葉に、相手を見た。
「毎日、図書室でぼんやりしていた。大学にだけは通っていたけど、食事も忘れるくらい、何も手につかなかった。友達も、そっとしておいてやろうって感じで、一人になる時間が多くて。加藤だけが、めげずに話しかけてくれた」
「忘れていると思ってた」
佐伯は目を伏せ、微笑した。
「やけにおどおどしてるし、仲良くもないのに、よく粘るなって、母さんのことしかなかった頭に、名前も知らない変な奴のスペースができた」
「ひどい言われようだな」
「お前が名乗らなかったから、特徴で覚えるしかないだろ?」
「俺、名前言わなかった?」
「覚えてないのか? あれだけ、てんぱってたら、そうなるかもしれないけど」
「好きだったんだ。きっと、あの頃から」
「たぶん、俺も、あの頃から、加藤が理想の人間だった」
佐伯が指を絡めてくる。
「加藤がこうしてくれて、滞っていた血が生まれ変わるようだった。俺はお前に声をかけようとしたんだぜ。お前は逃げていったよな」
それは覚えて いる。話しかけても反応がなかった男が、手を握ったら、急に俺を見つめてきて、何かを言おうとした。
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