捨てられないハンカチ

3/40
前へ
/74ページ
次へ
 いい匂い。  それが、佐伯の起き抜けの言葉だった。 「魚?」  聞かれて、肯定する。 「久しぶりだ、焼き魚」  相手は欠伸をしながら、上半身を伸ばした。  俺はフライパンの中の魚をひっくり返し、いい感じの焼き目に、ほっと胸を撫で下ろす。魚を焼けると謳ったフライパンであっても、皮がくっつき、身まで崩れることもある。  女じゃないんだから不慣れなんだと言って、ぐちゃぐちゃの魚を出すこともできるだろう。だけど、川魚は皮と一緒に食べると上手いんだ。 「機嫌いいな」  すぐ傍に来た気配に驚き、のけ反った。佐伯は呆けたあと、腹を抱えて笑った。 「お前でも、そんな顔すんのな」  佐伯の笑顔に、目をそむける。二十七になっても、佐伯の顔の筋肉は、学生時代と同じ動きをした。  そんな小さなことに、意識がいく自分が憎い。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加